「再会」  藤次郎は玄関ドアの鍵を開け、玄関に玉珠を連れて入り、先に部屋にあがると、  「まぁ、そこじゃ何だから、こっちへあがりなよ」 と、玉珠に手招きした。  「うん」  玄関の壁に片手を付き、もう片方の手で、靴を立ったまま片足ずつ脱がした。そ して、  「…おじゃましまーす」 と、言いながら玉珠は覗き込むように藤次郎の部屋を見渡した。そして、  「わぁ!本だらけ…。相変わらず、ほぉんとおに、あなたって本の虫ねぇ…」 と、藤次郎の部屋を見るなり玉珠は言った。このとき、『ほぉんとおに、』と言う 言葉は前屈みになり、俯いてから藤次郎を真上げるような仕草をしながら言った。 この言葉には、『あきれた』『すごい』の両方の意味が含まれていることは、藤次 郎にも容易に理解できた。  「でも、突然おじゃましたけど…結構、綺麗にしてるじゃない」  「まっまぁな」  一通り、部屋を見回すと、照ている藤次郎に玉珠は感心した表情をした。  「ビールでいいかい?缶だけど」  藤次郎は玉珠を座らせると、キッチンに向かい、背中越しに言った。  「うん」 と、玉珠が答えると、藤次郎は冷蔵庫からビールを出して、おつまみはこれまた冷 蔵庫にあったチーズと、棚にあった、あたりめや柿ピーなどの乾き物少々…を持っ て戻り、テーブルを挟んで玉珠と向かい合った。その間、玉珠は手持ち無沙汰なた めか、藤次郎の部屋をしげしげと眺めていた。  「じゃ、再会を祝してかんぱーい」  「かんぱーい」  お互い微笑みあい、交わす缶ビールが鈍い音を鳴らす。  再会話にお酒がすすむ。  「あれ?ビールが無くなった…焼酎で良ければあるけど…」  「うん、いいわよ」  「なんにする?ロック?ストレート?お湯割り?」  「ロックでいいわ」  暫くして、二人ともいいように酔いが回って、  「あっ、氷なくなっちゃった…氷ある?」  「まだ、冷蔵庫に…」  「あっ、わたし持ってくる」 と言って、よろよろと立ち上がった玉珠はテーブルの端に足を引っかけて、テーブ ルをひっくり返し、二人とも、テーブルの上の氷水や焼酎をかぶってしまった。  「きゃっ」  「おっおい」  藤次郎は、自分の後ろにあったタオルを手に取ると、玉珠のそばにより、玉珠を 気遣った。  「大丈夫?」  玉珠は、藤次郎からタオルを受け取ると、その場にペタンと座り込みながら、  「うん…ありがと。でも、服がびしょびしょ…それに、つめたーい」 と言うと、自分の服を引っ張りながら言った。  「ちょっと、待ってろ。何か着る物だしてやるから」  「うん、かしてかして」  藤次郎は座り込んでいる玉珠の横をすり抜けるように四つん這いで進んだ。その とき、  「お前、体のサイズは?」 と何気なく聞いた。あまりに自然に聞かれたためか、  「えっ、…えーと、バスト84cm…って、なにいわせんのよ!」 と答えかけて、我に返った玉珠は、手近にあったクッションを振り上げた。その顔 は恥じらいのためか、怒りのためか、はたまたお酒のためか、紅潮していた。  「たっ、タンマ!トレーナーのサイズだよ」  片手で玉珠の攻撃をかわそうとしながら、藤次郎は慌てて言った。  玉珠は、「え゛っ」と言って、ピタリと動きを止めた。そして、振り上げたクッ ションを静かにおろして、  「…Mサイズ…」 と、顔を真っ赤にして、クッションを抱えてうつむいたまま言った。  「って、ことは…じゃあ、俺のトレーナーで十分だな」 と、藤次郎は逃げるようにタンスに向かうと、そこから自分のトレーナーを出して 玉珠に手渡した。  「…あっち、向いててくれる?」  「おっ…おう」  突然しおらしく、恥じらいながら言う玉珠に驚きながらも、藤次郎は玉珠に背を 向けた。玉珠も藤次郎に背を向けてトレーナーに着替えながら、  「でも…なんで、サイズを聞くのよ!」 と、つぶやくように言った。  「なんでって…」  「明らかに、わたしの方が小柄じゃないの」  その言葉は、明らかに怒っていた。  「いや…久々に遭ったんで、いや…その、お前が見違えるように変わっていたん でね」  「あら…ほんと?」  背中越しに聞く玉珠の声は弾んでいた。  「ほんと…最初はどこの美人かと思った」  「うんうん」  「…だから、以前のサイズより太った…」 と言った瞬間、藤次郎の後頭部にクッションが投げつけられていた。  「フン!ここは、『グラマーになった』とか言うべきでしょ!!」  藤次郎には見えなかったが、玉珠は舌を出して、”べーだ”と言う表情をした。  「…すまん」 と言って思わず振り返った藤次郎の顔面に玉珠のキックが炸裂していた。  「こっちむくなーーー!」  顔面にキックの直撃を受けて、ひっくり返った藤次郎に対して、玉珠は叫んだ。  「もう、いいよ」 と言う玉珠の言葉に、恐る恐る向き直ると、  「わぁ…ぶかぶか…」  脇を締めて両手を肩の辺りに挙げて、余った袖をプラプラさせている玉珠を見な がら、「しまった…Yシャツにすれば良かった!!」と内心身悶えする藤次郎であ った。  それを見て、腕まくりをしていた玉珠は、怪訝な表情をしながら、  「あーー、今いやらしいこと考えたでしょ!」 とズバリ言った。  「ぎくっ」  すべてを見透かされた気がして、藤次郎の顔が引きつった。  「やっぱり!でもいいわ、あんたなら…」 と、玉珠は諦めたかのように小声で言った。  「まっ、まぁ、取り敢えず服を洗おう」 と、取り繕うに藤次郎が言うと。  「そっ、そうね、わたしやるわ、洗濯機どこ?」  ハッと我に返った玉珠もバツが悪そうに、手元の脱いだ服を集め始めた。  「そこのドアを開けたら左にある」  藤次郎が指さす方を見ながら、  「うん、あっ、あんたも服脱ぎなよ。一緒に洗うから」 と言いながら、振り返った。  「あっ、うん」 と言いながら何も考えずに服を脱ぎ始めた藤次郎に、  「あんたは、デリカシーってものがないの!」 と、玉珠は思わず自分の持っていた自分の服を投げつけた。顔にかかった玉珠のブ ラウスからいい香りがした。  「まっ、いいか。ほれ、とっとと脱ぐ」  玉珠は、藤次郎に投げつけた服を急いで集めながら、  「いったいどっち?」 と、狼狽する藤次郎に対して、  「いいから、脱げ…って、パンツまでここで脱ぐなーーー!」 と言いながら、玉珠は藤次郎にパンチを浴びせていた。  よろけながらも、  「俺は、下半身に被害が集中しているの!」 と、言い返すと、  「なら、風呂場行ってよ!」 と、玉珠は怒鳴り返した。その言葉に追われるように、藤次郎は風呂場に飛び込む と、  「ついでに、シャワーでも浴びるかなぁ…そうだ、お前もシャワー使う?」 と、藤次郎は風呂場から顔だけ出して玉珠に聞いた。  「…うん、でも化粧落としとかないから…」  玉珠が困惑した表情で言うと、  「すぐそばに、コンビニあるよ」  「あっ、行こう行こう」  藤次郎は、玉珠を先に外に出すと、すぐに着替えてから、二人連れだってコンビ ニに行った。  暫く黙って歩いていたが、  「夜になると、まだ冷えるなぁ…」  藤次郎は、夜空を仰ぎながら言った。すると、  「……」  藤次郎は何か聞こえたような気がして  「なに?」  藤次郎が振り向くと、  「…ねぇ…今夜ここに泊めてくれる?」 と、玉珠は恥じらいながら、上目ずかいで藤次郎を見ながら、胸元で両手の人差し 指をつつきながら言った。  「いいのか?」  困った表情で藤次郎が言うと、  「…うん」  玉珠は耳まで真っ赤にして、一層うつむいたまま小さく答えた。  「布団…一組しかないけど…。でも、俺は寝袋で寝るから…」  藤次郎は、頭を掻きながら、よそ見をして言った。それが、いっぱいいっぱいの 冗談だった…  「…ばっ、ばかぁ…」  それに対して、玉珠は半分甘えるように言った。  そのまま無言で、コンビニで買い物をして、二人して歩く。最初は、玉珠は藤次 郎の斜め後ろを歩いていた。  玉珠は、意を決したように突然、藤次郎の腕にしがみついた。  「おっ…おい」  「お願い。暫くこのままで…」  驚いた藤次郎に、玉珠はいっそう身をすり寄せた。上気した玉珠から、ほんのり いい香りがした。  「…これが、間違いの発端だったな…」 と、苦笑いして酔った勢いで、成人した子供達に語る藤次郎の顔面に、グラスが飛 んできた。 藤次郎正秀